中京大学 情報科学部 教授 長谷川純一 助手 宮崎慎也
技術の進歩に伴い、一般にソフトウェアは複雑になり、計算に要する時間は増加する傾向にある。しかし、これは VR の開発では、ある意味で許されない。AI では推論に十分に時間をかけてでも、満足のいく結果を得ようとする場合が多いが、VR ではリアルタイム性や対話性が重視されるため複雑で処理時間のかかるソフトウェアは敬遠されるのである。以前 AI が計算機に対する我々の認識を大きく変えたのと同じか、それ以上の可能性を VR が秘めているであろうことは誰もが感じていることであるが、このリアルタイム処理という障壁がある故に、実現が容易ではないことも周知の事実である。
このように可能性は見えるが実用性が今一つの産業向け VR システムの中で、現在衆目を集めているものの一つに CAVE (Cave Automatic Virtual Environment) [1] がある。CAVE は1991年に米国イリノイ大学で考え出された VR システムで、立方体の部屋の、前方および左右の壁面に設置された大型スクリーンに背面から映像を投影し、更に頭上前方から床面に映像を投影するものである。このため体験者は立方体の6面の壁のうち4面に映し出される立体映像で取り囲まれる形となり、仮想空間への十分な没入感を得ることができる(図1)。従来からある立体映像の投影方法の一つに頭部搭載型映像表示装置(H.M.D.)があるが、これは一見没入感が大きいように思えて、実際には視野角がそれ程大きくない。また、画像の解像度も低いため、思ったほど効果が得られない上に、装着の手間は避けられないといった欠点がある。一方、CAVEのデメリットは、何と言っても高価なシステムになってしまうことである。これは、投影スクリーンの数と同数の高価なプロジェクターと、リアルタイム処理のために更に同数のグラフィックスワークステーションを用意する必要があるからである。しかし、このように高価なシステムであるにも関わらず、米国の多くの企業が社員の教育や現場の訓練に CAVE を導入している事実をみると、産業界のこのシステムにかける期待がいかに大きいかが伺える。
図1 CAVEシステムの代表例、キャタピラー社のブルドーザー運転シミュレータ(Silicon Graphics社発行 IRIS Universe第36号より)
このように仮想空間内でCGの立体映像により製品の形状やそのデザインの与える印象の検討、評価を行えるシステムを実用的なレベルで実現するためには多くの課題が残されているが、そのひとつに立体表示される仮想物体の仮想空間内における位置や大きさを人間が正確に知覚できるかという問題がある。この問題は更に以下のような問題に細分化される。
a.、b.については、位置センサーや投影装置の精度の問題であるが、比較的狭い空間内のデザインであれば、現在の技術(補正処理等)で十分な精度を得ることができる。これに対し、c.については、人間の視覚機能に依存する問題なので、人間の視覚機能が十分明らかにされていない現在では、様々な種類の実験、調査が必要となるであろう。その中でも、人間が視差情報のみでどれほど正しく奥行きを知覚できるかという問題は興味深く、それに関する実験結果等が多く報告されている。
我々が現在行っている自動車内装のための仮想デザインシステムの開発[2]においてもこの問題は避けて通れない。そこで、図2 のような装置を用いて、運転席に座って車内を見渡した場合を想定した実物体と仮想物体の奥行き知覚の違いについて実験を行った。なお、スクリーンに十分近い位置に視点がある場合は、上記の CAVE のようにあえて4つの投影面を使う必要はなく、1つの投影面で十分没入間を得ることができるので、ここでの実験も1つの投影スクリーンを用いている。立体視映像は右目用と左目用の2枚のCG画像を交互に生成し、それに液晶シャッター式眼鏡等を同期させることにより得られるが、今回は視差情報のみにたよって奥行きを知覚するように、暗幕で覆われた暗室内で立体的に影付けされた白い円錐を提示することとした。
車内デザインでは、観察者の視点から 1m ぐらいの範囲で数ミリ程度の誤差に納まれば十分デザインが可能であると考え、それを目標とした補正方法の実現を目指している。今回の実験では、
などがわかり、今後の開発へ向けて重要な手がかりが得られたと思われる。
図2 立体視の実験装置
図3 自動車内装デザインシステム
VR技術は、様々な分野の技術が結合して初めて実現できるものである。現在は、個別の分野での研究に留まっているが、それらの成果が統合されるとき、VRの世界はより一層大きく進展するであろう。
【参考文献】