第20回情報化学討論会・第25回構造活性相関シンポジウム予稿集, 21IP17, 熊本, 1997.10

3Dグラフィックスによる原子・分子の電子雲の表示

吉岡弘幸、濱本光二、金田悟、西本匡伸、宮崎慎也、秦野やす世、山本茂義(中京大)垣谷俊昭(名大理)

Rendering of Electron Density Clouds for Atoms and Molecules by 3D Computer Graphics

Hiroyuki Yoshioka, Kouji Hamamoto, Satoru Kaneda, Masanobu Nishimoto,Shinya Miyazaki, Yasuyo Hatano, Shigeyoshi Yamamoto(Chukyo Univ.), Toshiaki Kakitani(Nagoya Univ.)

原子軌道や分子軌道の関数式から電子のふるまいを理解することは容易ではない。本研究では、コンピュータグラフィックスの透過処理により軌道関数や電子密度関数を電子雲として表現する。関数の値に基づいて光の透過度を与えることにより、電子の偏りを表現する。対話処理による透過率の変更、描画処理の高速化により望ましい画像を容易に生成することができる。

It is difficult to understand behavior of electrons from atomic orbitals or molecular orbitals. We present the way to represent orbital function or density function as electron clouds with translucent drawing in computer graphics. We use the value of the function to decide opacity, which can effectively represent destribution of electrons in atoms and molecules. Interactive optimization of opacity and efficient result desirable images easily.

Keyword: scientific visualization, molecular graphics, molecular orbital, density cloud, volume rendering, computer graphics

1. はじめに

原子軌道や分子軌道は電子の挙動を記述するための基礎的量であるが、最も構造が簡単な水素原子でさえ、量子数の大きな軌道関数では関数式から電子のふるまいをイメージすることは困難となる。原子軌道や簡単な分子の分子軌道の図形表現としては、断面の等高線や鳥瞰図による表現、等値面のワイヤーフレームによる3D表現等が教科書や量子化学の専門書で従来から用いられている[1],[2]。これらは原子や分子の電子状態や特長を把握、理解する上で大きな助けとなってはいるが、ある断面での2D表現や等値面表示は基本的に電子の密度情報の一部のみを使ったものであるため、軌道全体を理解するためには複数の画像が必要となる。また、軌道の特徴が良く表現された画像を得るためには、適切な断面や等値面を選ぶ必要があり、経験的な知識が必要となる。従って本研究では、コンピュータグラフィックスの透過処理を利用することにより、原子軌道や分子軌道および密度関数を「電子雲」として表現することを試みる。

現在の量子化学では軌道関数や電子の存在確率を示す密度関数で電子のふるまいを表現することが適当であるとされている。これらの値の高いところを「濃い」、すなわち光が透過しにくい、また値の低いところを「薄い」、すなわち光が透過しやすいとすることにより、電子の偏りを表現することができる。

コンピュータグラフィックスにおいて満足のいく画像を得るためには、十分に時間をかけて高度な処理を施す必要がある[3]が、複雑な処理をすれば画像生成のための処理時間が増加し、全体的な立体の情報を得るための任意方向からの観測が困難となる。電子密度の空間分布を理解するためには視点を変えて様々な方向から観測できることは重要である。そのために、標準のグラフィックスハードウェアを前提とした描画方法を実現する。基本的には透過処理を含んだ多角形ポリゴンによる描画を行い、密度関数の大きさに応じた光線の不透明度の決定、描画処理の高速化を行う。電子雲表示は概して、全体的にぼやけた描像となるため不透明度の決定は重要となる。密度関数の値から不透明度を決定する関数は、関数の変更、変更後描画を対話的に繰り返し、最適なものを決定する。

2. 表示方法

原子・分子の量子化学的数値計算を行なって得られる軌道関数または1電子密度関数は、3次元空間の座標の3変数関数r (x, y, z)で与えられる。ここではあらかじめ連続空間を離散化したボクセルデータを作成しておく。立方体格子の各頂点は、その位置での電子の確率密度r (x, y, z)をもとに以下の式で変換された不透明度a(x, y, z)を有する。

a(x, y, z) = ar (x, y, z)ba, bは実数) (1)

立方体格子面の描画処理は、高速化のため各格子の6面のうち最も視覚効果のある視線となす角が最も大きな方向の面のみを描画することとし、面の描画にはスムースシェーディングを施す。ここで格子の全頂点のうち、式(1)の不透明度の値が十分小さい頂点は高速化のためにあらかじめ描画処理のリストから除いておく。また、透過処理のため視点から最も遠い列の面から描画する。

3. 表示結果

図1、図2にホルムアルデヒドの1電子密度関数およびレチナールの分子軌道をSiliconGraphics社Onyx2 Infinite Reality を用いて雲表示した結果を示す。79×79×83および125×71×58のボクセル数で秒間約10フレーム程度のリアルタイムでの動画生成が確認できた。

図1 ホルムアルデヒドの1電子密度関数図2 レチナールの分子軌道(HOMO)

謝辞

本研究を進めるにあたり、基盤プログラムの開発を担当した株式会社コンピュータ・テクノロジー・インテグレイタの薄井智貴氏に感謝します。

参考文献

  1. 鐸木啓三, 菊池修: 電子の軌道, 共立出版
  2. 神沼二真, 鈴木勇: 分子を描く, 啓学出版
  3. Susumu Handa, Toshikazu Tanaka: Rendering of Density Clouds and Surfaces Using the Ray Casting Technique, Visual Computing: Integrating Computer Graphics with Computer Vision, pp.313-328, 1992.